夫と二人で結婚式に出席した週末。

あたしは水色のスーツを着た。
夫は黒のスーツ。
あたしと夫は背が高いので、こういう場に行くと結構目立ってしまう。

あたしは夫の妻として何人かの人に挨拶をした。
夫の会社の方と、そのご夫人。
ご婦人はもう50歳くらいで品のいい顔で微笑んだ。

「まあ。なんてスタイルのいい奥さんだこと。
お綺麗な方ねえ。最近の奥様は若いわよねえ。
お子さんいらっしゃるの?」

「いえ。うちは、まだ」
夫が答える。

「そうなのね。まだお若い方たちだから。
ゆっくり今の時間を楽しむのも、今風なのよね?」

ゆったりとした笑顔であたしに微笑んで、
夫婦で肩を並べて去っていった。


たまに思う。
夫は、あたしという「妻」という立場が欲しかったんじゃないかと。
例えば、あたしがとっても太っていたり、ちっとも可愛くなかったら
この人はあたしと結婚しただろうか?
そういうものを、この人からは感じる。
たまに。
こういう場で。



6階のマンションのベランダから、
水色の空と白い雲を眺めて。
ユウキに会いたいと思った。

だけど、あたしは自分から連絡することもしなかったし、
彼にはあたしの連絡先は教えていなかった。

彼はただ、あたしの連絡を待っているんだろうか。

それとも、あの時の台詞はあの時だけのものだろうか。

あの夜だけで終わらせることはできる。
何の約束もしていないし、向こうも連絡がないのだから
そういうものだったと解釈しているかもしれない。

もう一度こちらから連絡をとるのは、なんとなく、
なんとなく、いけないことのような気がした。
不倫だから・・・
とかではなく。

ワイドショーを見ても、ドラマを見ても、自分には関係ないと思っていた
「不倫」
それに、出会いなんてないし、こんなテレビみたいなことは普通には
起きないこと。
そう思っていた。

暇つぶしというより、気を紛らすために友人のAに電話をかけてみた。
Aはあたしの友人たちの中で、唯一の既婚者。
あたしとA以外はまだ独身。
Aは結婚して2年目。

ドラマの話や、最近読み始めた本とか、そういう他愛もない話と
Aの夫の話をした。

結局。
あたしはAに、ユウキのことを言わなかった。

ほんとは、どっかで、それが言いたくてかけたのに。
Aは、なんて思うだろう、と思うと怖かった。
学生のころからいろんなことを話してきたけど、
結婚してしまうと、恋愛話もなくなったし、あたしたちは
ほんとに、食べ物や、テレビや、健康の話や、ほんとにそんな
話題しかしなくなった。

Aは最近食欲がないので、「今日はそうめんにする」と言っていた。


あたしは、あのスーパーには行かなかった。
なんとなく、照れくさかったし、現実を見るのも少し嫌だった。

彼の携帯番号は、メモリーには入れなかった。

手帳の隅っこに、アドレス帳でもないところに、暗号みたいに
文字だけを並べて書いた。