夫の帰り

夫の帰りは、その日10時過ぎだった。

あたしは、シャワーを浴びていて、しかもラジオを聞いていたので
ちっとも夫の帰りに気がつかなかった。

物音に気がついて、キッチンに行ったら夫が、夕食を温めなおしていたところだった。

「お帰りなさい。気付かなかった」

「ああ」

夫はあたしが来たと同時に、キッチンから離れてソファーに座ってテレビをつけた。
そうして、缶ビールをプシュッっとあける。

ビーフシチューを作っていたので、温まったそれを皿に移して、フランスパンを
オーブンに入れた。

ビーフシチューを夫に差し出して、
「今、パン焼けるから」
というと、
「ああ」
と言いながら、夫はビーフシチューを食べ始めた。

夫婦の長い時間。

ほとんど会話がいらなくなってしまった。

別に気詰まりな空間でもない。

あたしが焼けたパンを差し出して、
「あ、いけない」
とサラダを取りに行くと、
「あ、他のはいいよ。」

「今度さ、出張あるかもしれないんだよ」
夫がシチューを啜りながら言った。

「え?どこへ?」

「XXの支社、前にも行った、
だから準備しといて」

夫のスーツのクリーニングや、出張の準備、あたしはそういうものを
怠ったことがない。
いつも、ちゃんとしたバッグに、きちんと整頓して渡す。
スーツも定期的にクリーニングに出している。
靴もある程度底が減ったら、直している。

そういうことを、多分夫は知らない。
いや知っているけれど、
当然だと思っているかもしれない。

久々の出張だった。
あたしはユウキを思った。
そうして、何だかすごく不謹慎な気がして動機がした。