「100万回の1回目のキス」

彼のアパートは、ここからそんなに遠くない。
ちょっと歩くけど、歩いていけるくらいの距離。

あたしたちの共通点といえば、
木曜の魚屋の出店の日と、コンビニくらい。

夫は早いと9時ごろには帰ってくる。
仕事で泊り込むという日もたまにある。
飲み会だと言って、深夜に帰ってくる日もある。

だけど、実際のところそれが仕事なのか、なんなのか
あたしは知る由もない。
夫の仕事のことも、同僚の人もよく知らない。

女の勘が働くような人ならともかく、あたしはそういう事にも
疎いような気がする。


ユウキと会ったのは、それからしばらく経ってからだった。

いつものコンビニで。
あたしはコンビニの先のクリーニング屋へ向かっていて、
コンビニを通り過ぎたら、ユウキがコンビニから出てきた。

待ち伏せしていたかのように。

「たまに、マサキさん通らないかなーって寄ってて、ここ。
よかった。」

彼はどういうつもりなんだろう?
一瞬怖くなった。
これから先、どういう風にあたしと付き合っていくつもりなの?

「話がしたかったから」
ユウキが控えめにものを言うと、あたしは、何でも聞いてあげたくなる。
やっぱりユウキに惹かれているような気がする。

「ちょっとでいいから、家に寄らない?」

「じゃあ・・・、クリーニングだけ取ってくる」

ユウキの部屋は少しだけ片付いていた。
「片付けたの?この前よりきれいになってる」

「うん。ちょっとね」

小さなテーブルを囲んであたしたちは向かい合って座った。

「連絡ちっともくれないんだもんなー」
ユウキがふざけたみたいに言う。

「あの・・・。あたし一応結婚してるんだよ」

「分かってるよ」

自分が言おうとしていることがすごく薄っぺらくて
説得力がないことがわかったから、それ以上は言わなかった。

「分かってるけど、俺、マサキさんに会いたかったから。
それだけなんだけど。
結婚してて、旦那がいるんだーーーって思うと、正直
落ち込むこともあるけど、だけど、俺は」

そこまで言って、
「あーーー。何言ってるのか自分でも訳がわからなくなってきたっ。」
と止めた。

自分の為に何かを一生懸命話す人がいるのはやっぱり嬉しい。

結局あたしは、ユウキの彼女のことや、ユウキのこと自身を
何も聞かなかった。

あたしが帰ろうとしたとき、小さな玄関に腰掛けてミュールを
はいていたあたしに、ユウキが巻きついてきた。

うしろから覆いかぶさるように抱きしめて、
首筋にキスをしてきた。
「え、あ、ちょっと」
とあたしは慌てて、首をすくめた。

「なんか、マサキさん見てると、無性に抱きたくなる」

「え?うそだよ。」

「ほんと。セクシーだと思う。鎖骨とか出てて、色が白くて
美人で、でもぎらぎらしたタイプじゃなくて、控えめで目立つタイプ」

「褒めすぎ」

「いつも思う。裸にしたい。裸にしたいって」

あはははとあたしは笑った。
ユウキも少し笑った。

ユウキはあたしに隙が出来たことを瞬時に嗅ぎ取って、
自分の手をあたしの服の中に滑り込ませてきて、そうなると
もうどうしようも止められなくなるみたいで、一気に興奮してしまう。

若い男の人だなあーーと思う。
そういうしぐさにどきどきする。