ウサギ小屋

ユウキの小さなウサギ小屋みたいな住処の中で
あたしたちは、雨の中、インスタントコーヒーを飲んだ。
ひんやりとした部屋だった。


「ねえ。いつも仕事って終わるの早いの?」
あたしが聞いた。

「うん。朝が早いから」

「そっかー。あたし働いたことないから、何だかほんっと
仕事ってものがどういうものか分からなくて。
すごいよね。仕事ちゃんとやってんだもん」

「一回もないの?」

「うん。」

「お嬢だなあー。っぽいけど」
ユウキが眉間に皺をよせて笑う。

「違うよ。結婚したの早かったの」

結婚。って言葉を使うと、何だか決まり悪い。


ユウキも黙った。

夕方。
まだ明るい夕方。
雨の中。
あたしは、夫以外の人と何をしているんだろう。

ユウキが、なんかテレビでも見る?
と言いながら、リモコンを探して、そうして、あたしの側のリモコンを
発見して、そうして、あたしを見た。
目をまっすぐ。

いつもよりきりっとした表情で。

2秒あと、ユウキが、すすすっとあたしの元にやってきて
おでこにキスをした。

まぶたに。
頬に。
首に。

そうして、見詰め合ってあたしたちは、キスをした。
ユウキがさっきから、ずっとこうしたかったことを
あたしは実はわかっていた。
でも、自分から手伝ってあげないのは、あたしが意地悪で
ずるいからだ。


ユウキは服を脱がせる時、いつも少し慌てているような感じがする。
もう爆発しそうな何かを秘めているような、そんな感じ。


セックスをしながら、何度も何度もユウキが
あたしの名前を呼ぶので驚いた。
あたしは、そんなにセックスの途中にものを言われたことがなかった。

ユウキは時にかわいい。
あたしは、男の人がかわいいものであるということを
知らなかった。
甘えたりされたこともなかった。

「今日、マサキさんが、俺のことユウキって呼んでくれて
嬉しかった」

「ねえ。あなたって誰に対してもそう?」

「そうって??」

「素直に甘えたり・・・とか」

「うーーん・・・。違うと思う。
マサキさんにだけかもしれない」

「どうして?」

「うーーん・・・。大人っぽいからかな?
男って結構年齢気にしてたりするからなー。
俺は年下の子としか付き合ったことがないんだけど、
そうなると、しっかりしなきゃとか、リードしなきゃって思う気持ちが
強くなるような気がする」

「うんうん。それで?」
あたしは、少しだけ身を起こして聞いた。
ユウキがくすくすと笑う。

「なあに?なんで笑うの?」

「だってさ、マサキさんってほとんど何にも聞かないじゃん。
なのに、ほんとはイロイロ普段から知りたいって思ってる方だよね?
いろんなこと聞いてくるじゃん?これは?あれは?って」

「うん、それは・・・。あたしが世間知らずだからだよ」

「だけど、どうでもいいことばっかりで、っつーか一般常識みたいなものばっかりで。
ちっとも俺のこっち側に来ない。」

ユウキの言わんとすることはよくわかる。
あたしは、すぐにはじけて消えてしまうような話しかしない。
深く深く残るような言葉を言わない。

あたしの顔が曇ったのを察して、ユウキが話題を変えた。

「マサキさんの下着ってさ。なんっかセクシーだよね?」
ユウキがブラジャーの肩ひもをつーっとゆびで撫でた。
話題を変えたかったわけではなく、変えさせた事にあたしは胸が痛くなった。

「ね?」
ユウキが顔をのぞかせる。
きれいな鼻筋をしている。

「そうかな?」

「男だからよくわかんないけど、こんな風なのってあんまり
見たことない。上手くはいえないけど。なんかスキ」

あたしの下着は総レースのものだった。
肩ひもも、全部レース。
ユウキが聞いたらきっとビックリするような値段。
下着も、いいものを・・・と思うとお金がかかる。
うちの夫は、多分下着がピンきりだけれど、高いものは高いと
知っている男だと思う。
だけど、ユウキは多分そんなこと知らない。
今までの彼女だって、多分普通の可愛らしい下着を身に着けていたのだろう。

男の人は、下着の値段なんて知らなくていい。

「ありがと。でも、あんまり見ないで」
あたしが笑うと、ユウキはさっとあたしの胸に顔を埋めた。

「いい匂いがする」
ユウキがもごもごと言う。

「ちょっと。やだ。くすぐったい」

「この匂い何?」

「下着を洗うときに少しだけ香りをつけるようにリネンウォーターを
入れるの。だからラベンダーの匂いが」

ユウキが少し顔を上げた。
上目使いのユウキの顔は、眉がきりりとしていてとてもハンサムだと思った。

「連絡先教えて。
また会ってよ、それだけでいいからさ。
マサキさんといると、すごく嬉しいんだ。
わかんないけど。今までなかった気持ちなんだ。
ただ、コンビニで待ってるだけってのは正直辛い。
もう、会わないつもりなんじゃないかっていつも思う」

「うん」
あたしは小さな小さな声で答えた。
ユウキも我慢しているんだと思ったら、可愛そうになった。

あたしはユウキに携帯の番号を教えた。
ユウキの携帯にあたしの携帯から電話をかけて、
「ありがと。約束は守る」
とユウキがそれをその場で登録した。

夫の居る時間帯には絶対に電話やメールをしないと約束したユウキ。

「守る。マサキさん、一回でも破ったらもう二度と会ってくれないような
そんなオーラあるし。携帯の番号も平気で変えそう」
ユウキが笑った。

「あたしってそういうイメージ?」

「うん」
ユウキは連絡先が聞けただけでとても嬉しそうだった。

「帰るね」
あたしは雨の止んだ外に飛び出して、また現実の世界へと戻っていった。